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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)1411号 判決 1975年3月10日

原告 白土昇 外一名

被告 佐藤忠男 外三名

主文

一  被告佐藤忠男・同佐藤アイ・同田口憲一は、連帯して原告白土昇に対し、金一〇〇万四六一五円およびそのうち金九〇万四六一五円に対する昭和四七年一二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  被告佐藤忠男・同佐藤アイ・同田口憲一は、連帯して原告白土晴子に対し、金九六万四六一五円およびそのうち金八六万四六一五円に対する昭和四七年一二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三  原告らの被告佐藤忠男・同佐藤アイ・同田口憲一に対するその余の請求および被告長谷川徳子に対する請求は棄却する。

四  訴訟費用は、原告らと被告佐藤忠男・同佐藤アイ・同田口憲一との間においては、原告らに生じた費用の一〇分の一を同被告らの連帯負担とし、その余は各自の負担とし、原告らと被告長谷川徳子との間においては全部原告らの負担とする。

五  この判決は、第一項・第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して、原告白土昇に対し金九五〇万一七八二円およびそのうち金八七〇万一七八二円に対する昭和四七年一二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  被告らは連帯して、原告白土晴子に対し、金九二〇万一七八二円およびそのうち金八四〇万一七八二円に対する昭和四七年一二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一)日時 昭和四七年一二月九日午前一一時ころ

(二)場所 東京都国立市中二丁目一八番二〇号の土地(以下本件土地(一)という。)と同所同番二一号の土地(以下本件土地(二)という。)との境界線付近

(三)事故の態様 訴外白土洋一(以下洋一という。)は、当時三歳二か月の幼児であつたが、本件各土地の地中に跨つて存在する汚水槽の吸取口から右汚水槽に転落した。

(四)結果 洋一は、右汚水槽内に溜つていた汚水に溺れ、右同時頃死亡した。

2  本件各土地および汚水槽等の状況

(一) 本件汚水槽は、別紙図面表示のとおり、本件土地(一)と本件土地(二)に跨つてその地中に存在し、地上からは見えないが、二箇所に直径三五センチメートルの円形の吸取口(同図面A・Bと表示)が地上に穴をあけた状態で設けられ、蓋をしておくようになつている。

(二) 本件事故当時、洋一が転落した同図面Aと表示の吸取口(以下本件吸取口という。)には蓋がなかつた。

(三) 別紙図面表示の道路は、自動車の往来が少ないのでその路上で附近の子供達が遊んでいることが多く、また本件土地(一)が空地となつていたことから、本件汚水槽附近は、子供達の恰好の遊び場となつていた。

3  被告佐藤忠男・同佐藤アイ(以下佐藤両名という。)は、本件土地(一)の共有者でありかつ本件汚水槽の共有者でもある。そして右被告両名は、本件事故当時、本件土地(一)を占有しかつ本件汚水槽を占有していた。

4  被告長谷川は、本件土地(二)およびその地上にある平家建居宅一棟・家屋番号一八二番三(以下本件建物という)の所有者であり、本件汚水槽の共有者である。そして被告長谷川は、本件事故当時、本件汚水槽を占有していた。

5  被告田口は、本件建物の賃借人であり、本件事故当時本件汚水槽を占有していた。

6  被告らの責任原因

(一) 民法第七〇九条の責任

被告らは、本件汚水槽が第2項のような状況にある場合、各自本件吸取口に固く蓋をするか、または吸取口付近に幼児等が立入ることのないよう柵を設ける等の措置を講じ、もつて右吸取口から幼児らが転落することがないよう注意すべき義務があるのに、漫然これを放置した過失があり、これにより本件事故が発生したものである。

(二) 土地工作物設置または保存の瑕疵

本件汚水槽は、土地の工作物であり、これが第2項記載の状況にある場合には、吸取口には幼児等の力では開かない程度の蓋をするか、幼児が吸取口付近に立入ることのできないような柵をしなければ極めて危険な状態にあるところ、本件事故当時、吸取口には蓋はなく、また危険防止の柵もなかつたのであるから、土地工作物保存に瑕疵があるというべきである。

そして本件事故は右瑕疵により発生したものである。

従つて本件汚水槽の占有者である被告らは、民法第七一七条により土地の工作物の占有者としての責任がある。

仮に本件汚水槽の占有者に同条一項但書の免責事由のある場合には、被告佐藤両名および被告長谷川は、本件汚水槽の所有者として同条の責任がある。

7  損害

(一) 洋一の逸失利益 金八四八九万一八二一円

洋一は、本件事故当時三歳二か月(昭和四四年一〇月三日生)の心身とも健康な男子であり、本件事故により死亡しなければ、一五年後の満一八歳から六〇年後の満六三歳までの四五年間就労し、その間に平均年一〇三六万九一〇一円の賃金収入(賃金センサスによる全男子労働者の昭和四七年度の年間平均給与額である金一三四万八三〇〇円を基礎として昭和四五年度からの年間平均賃金上昇率一四・五七パーセントの割合の増加があるものとして計算した一五年後の全男子労働者の年間平均給与額)があり、そのうち生活費として五〇パーセントを控除したものが洋一の年間純収益であるから、これによりホフマン方式により中間利息を控除して右四五年間の洋一の得べかりし利益を算定すると、金八四八九万一八二一円となる。

(二) 相続

原告白土昇は洋一の父であり、同白土晴子は母であるから、原告らは洋一の被告らに対する右損害賠償請求権を法定相続分に応じて各二分の一ずつ相続した。

(三) 葬式費用 金三〇万円

原告白土昇は、洋一の葬式費用として金三〇万円を出捐した。

(四) 慰藉料 原告らに各金五〇〇万円

洋一は、原告らが結婚して三年経過後にようやく生まれた子であり、原告らには他に子供がなかつたので、洋一の死亡により原告らの被つた精神的苦痛は甚大であつた。よつてこれに対する慰藉料は原告ら各自に金五〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 原告らに各金八〇万円

原告らは、本件事故につき被告らに対する損害賠償請求に関する一切の行為を弁護士坂本昭治・同塩谷国昭に委任し、手数料および報酬として各自が金八〇万円を支払うことを約した。

8  原告らの請求額

(一) 原告白土昇 金九五〇万一七八二円

前項(一)・(二)により取得した金四二四四万五九一〇円のうち金五四〇万一七八二円、同(三)の金三〇万円、同(四)のうち金三〇〇万円および同(五)の金八〇万円の合計金九五〇万一七八二円

(二) 原告白土晴子 金九二〇万一七八二円

同(一)・(二)により取得した金四二四四万五九一〇円のうち金五四〇万一七八二円、同(四)のうち金三〇〇万円および同(五)の金八〇万円の合計金九二〇万一七八二円

よつて原告らは被告らに対し、不法行為による損害賠償の一部として、連帯して第8項記載の金員およびそのうち弁護士費用を除いた金員につき本件事故発生の日の翌日である昭和四七年一二月一〇日から右支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払をなすことを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告佐藤両名)

1 請求原因1は知らない。

2(一) 同2(一)は認める。

(二) 同2(二)は否認する。本件事故当時、本件吸取口には鉄板の蓋がなされその上に石が乗せられていた。

(三) 同2(三)は知らない。

3 同3はそのうち被告佐藤両名が本件汚水槽を占有していたことは否認し、その余は認める。本件汚水槽は、本件建物の付属設備として、被告長谷川および同田口がこれを管理しかつ使用していたものであつて、被告佐藤両名はこれを使用していなかつたし、その意思も必要もなかつた。

4 同6はすべて否認する。

5 同7はそのうち(二)の原告白土昇が洋一の父であり、同白土晴子が母であることは認め、その余は知らない。

(被告長谷川)

1 同1は認める。

2(一) 同2(一)は認める。

(二) 同2(二)は否認する。

(三) 同2(三)は知らない。

3 同4は認める。但し、被告長谷川は本件汚水槽の間接占有者にすぎない。すなわち本件建物および本件土地(一)上にあつた建物は、本件土地(一)と同(二)の境界線をはさんで左右対称に建築されたものであり、本件汚水槽は右両建物の共同の汚水槽として設置されたものである。

従つて本件汚水槽は本件建物の従物であるが、被告長谷川はこれを本件建物とともに被告田口に賃貸しており、かつ本件建物等の管理保全はすべて被告田口に一任していたので、本件汚水槽の間接占有者である。

4 同5は認める。

5 同6はすべて否認する。

6 同7はそのうち(二)の原告白土昇が洋一の父であり同白土晴子が母であることは認め、その余は知らない。

(被告田口)

1(一) 同1(一)は認める。

(二) 同1(二)は認める。

(三) 同1(三)は知らない。

(四) 同1(四)は認める。

2(一) 同2(一)はそのうち本件汚水槽および吸取口の位置は否認し、その余は認める。本件汚水槽は本件の主要部分および吸取口が本件土地(一)内にある。

(二) 同2(二)は否認する。本件事故当時、本件吸取口には重いコンクリート塊を乗せたストーブ台用の丸鉄板で仮蓋がしてあつた。

(三) 同2(三)は否認する。

3 同5はそのうち被告田口が本件建物の賃借人であつたことは認め、その余は否認する。

4 同6はすべて否認する。

5 同7はそのうち(二)の原告白土昇が洋一の父であり、同白土晴子が母であることは認め、その余は否認する。

三  抗弁

1  (被告田口)

本件吸取口の正規の蓋は、被告佐藤両名が本件土地(一)を空地のまま放置していたので、付近の道路工事がなされたときにそこが工場用資材置場等として無断で使用され、その際紛失したものである。被告田口は、右工事業者に蓋の取付を求めるとともに一時的にストーブ台用の鉄の円板に重いコンクリートの塊りを乗せて本件吸取口に仮蓋をするとともに、本件建物への出入に際し、常に右仮蓋が確実になされているか否かを確認していたのであるから、損害の発生を防止すべき注意義務を尽していたというべきである。

2  (被告ら)

原告らは、洋一が三歳二か月の幼児でいわゆる一時も目を離せない年頃であるにもかかわらず、常日頃から洋一が自動車事故その他危険の多い戸外で長時間遊ぶことを放任していたうえ、遊び場所の範囲およびその危険性についても無関心であり、本件事故当時も洋一の外出先および遊びの方法に注意を払わず、午前一〇時頃から昼食前まで放置していたのであるから、本件事故発生については原告側にも重大な過失がある。

四  抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三証拠<省略>

理由

一  事故の発生について

1  洋一が昭和四七年一二月九日午前一一時頃、本件土地(一)と本件土地(二)との境界線付近にある本件汚水槽内において溺死した事実は原告らと被告長谷川・同田口間においては争いがなく、原告らと被告佐藤両名間においてはいずれも成立に争いのない甲第一・第二・第七号証によりこれを認める。

2  いずれも成立に争いのない甲第一〇・第一一・第一五・第一六号証ならびに証人箕輪静江の証言および当裁判所の検証の結果によると、本件汚水槽は地中に埋設されているので本体は地上からは見えないが、その吸取口が地上に二箇所穴をあけた状態で設けられているのでその存在を認識できること、右汲取口の蓋(後第三節4判示の鋳物製のもの)は昭和四七年九月三日頃、付近の道路工事のために本件土地(一)が工事用資材置場として無断で使用された際に紛失し、それ以来被告田口がガスストーブ台用の丸い鉄製の板で仮蓋をしその上に重しとしてコンクリートブロツク一個を乗せておいたこと、以上の事実を認めることができる。そして甲第一〇・第一一号証および証人箕輪静江の証言によると、本件事故当日も訴外箕輪静江が自宅前の掃除をしていた午前一〇時頃には本件吸取口に右仮蓋がなされていた事実が認められる。(もつとも同証人は、仮蓋の上には自然の石が三個程乗せられていた旨供述している。)ところで成立に争いのない甲第一二号証によると、洋一は午前一〇時一〇分ないし三〇分頃訴外横倉典(当時三歳)と訴外大賀誠一方に遊びに来たが、大賀方付近で一〇分程遊んだ後一緒に本件汚水槽の方へ遊びに行つた事実が認められ、成立に争いのない甲第一三号証によると、洋一と共に遊んでいた右訴外横倉典は午前一〇時四〇分ころ自宅に一人で帰り、母親に「洋ちやんはいなくなつたもん。つまんないもん。」と告げた事実が認められるので、本件事故は前記のように訴外箕輪静江が仮蓋を確認してから訴外横倉典が自宅に帰るまでの約四〇分の間に発生したものと推認できる。そして訴外横倉典が母親に告げた右の言葉から判断すると、洋一がいなくなつた時、訴外横倉典は洋一と別の遊びをしていたものと推認でき、また当日は土曜日であつたので、午前一〇時一〇分ないし四〇分ころには本件汚水槽付近で前記仮蓋を取り除く等のいたずらをする小学生はいなかつたものと推認できる。以上認定の諸事実および前示洋一が本件汚水槽内で溺死していた事実を総合すると、前記仮蓋は洋一自らが取り除いたものと推認するのが相当である。もつとも成立に争いのない甲第三号証によると洋一は死亡当時三歳二か月の幼児であつた事実が認められるところ、被告田口本人は本件事故当時仮蓋の上に幅三〇ないし四〇センチメートル、高さ一〇センチメートルくらいのコンクリートの塊りを乗せてあつたので三歳程度の幼児がこれを取り除くことはできない筈である旨供述しているが(証人箕輪静江は自然の石が三個程乗つていたと供述しているので、被告田口の右供述内容がそのまま心証を惹くわけではないが、仮にその通りだとして)、成立に争いのない甲第一七号証によると、本件事故当時本件吸取口は直径三五センチメートルであつた事実が、また検証の結果によると、仮蓋は直径三八センチメートルのストーブ台用の薄い鉄製の円板であり、これを裏返しにして地表とほぼ同じ高さで本件吸取口に冠せるように乗せられていた事実が、さらに原告白土晴子本人尋問の結果によると、洋一は三歳にしては特に成育がよく元気な男児であつた事実が、それぞれ認められるので、右諸事実と洋一が本件汚水槽内で溺死していた事実とを考えあわせると被告田口本人の前記供述は、本件事故当時洋一が取り除くことができない程度の蓋がなされていたとの趣旨では、採用できない。ところで洋一が本件汚水槽へ転落した原因についての直接の証拠は何ら存在しないが、右に認定した事実と洋一が本件汚水槽内で溺死していた事実とを合わせて考えると、洋一は自ら前記仮蓋を取り除き、本件汲取口付近で遊んでいた際誤つて本件吸取口から本件汚水槽に転落したものと推認するのが相当である。(前記のように訴外横倉典は洋一がいなくなつたと言つて自宅へ帰つて来たのであるから、洋一の転落について同人が関与しているとするのは相当でない。)

二  本件各土地および汚水槽等の状況について

1  甲第一七号証および検証の結果によると、本件各土地・本件建物・汚水槽・吸取口等の位置関係(但し本件汚水槽の主要部分および吸取口が本件土地(一)内にあるか否かは除く。)は、別紙図面表示のとおりと認められる。

2  成立に争いのない甲第八・第一一・第一二・第一四・第一七号証、証人箕輪静江の証言、被告佐藤アイ・同田口各本人尋問および検証の各結果を総合すると、本件事故現場付近は住宅街で路上で子供達が遊んでいることが多かつたこと、本件土地(一)上にあつた建物が昭和四七年六月頃取り壊された後跡地が整地されておらず、また侵入を防止するためのブロツク塀が破れて、これに代る柵もなかつたため、子供に本件土地(一)にある水道管が毀される事故が発生するなど本件土地(一)付近が子供達の危険な遊び場となつていたこと、そのため、訴外箕輪静江は本件土地(一)に残存するガス管が危険を招く虞れがあるとしてガス会社に連絡し、被告田口も被告佐藤両名にその修理を求めるなどの配慮をしていたこと、以上の事実を認めることができる。

三  被告らと本件事故との関係

1  被告佐藤両名が本件土地(一)および本件汚水槽の共有者であることは原告らと被告佐藤両名間において争いがない。

2  被告長谷川が本件土地(二)および本件建物の所有者であり、本件汚水槽の共有者であることは、原告らと被告長谷川・同田口との間に争いがない。

3  被告田口が本件事故当時本件建物の賃借人であつたことは、原告らと被告長谷川・同田口との間において争いがない。

4  ところで被告らはそれぞれ、本件事故当時本件汚水槽を占有していた事実を争うので、この点につき判断する。

成立に争いのない丙第二号証および当裁判所の検証の結果によると、本件汚水槽は地上から明確な区別はできない状態で本件土地(一)と本件土地(二)に跨つて埋設されており、また本件吸取口は本件土地(一)内にあつて本件土地(二)との境界線に接する程度のところに位置している事実が認められる。しかし、被告長谷川・同田口各本人尋問の結果によると、以前本件土地(一)上にも、右境界線をはさんで全く対称な形で本件建物と同じ規模の建物が建つていたこと、本件汚水槽は右両建物の共同の汚水槽として境界線下に設置されたものであること、本件土地(一)上の建物の最後の居住者であつた訴外大橋某の居住時まで両建物の居住者が共同して本件汚水槽を使用し、かつ汚水の汲取費用を頭割で支払つていたこと、以上の事実を認めることができる。従つて右の事実のもとでは、本件吸取口が前記の程度境界線から本件土地(一)寄りに位置することも、また本件汚水槽が両地の下でそれぞれ占める容積のいずれが大きいかの問題も、本件汚水槽の占有とは関係がないというべきである。

甲第八号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第二号証、および被告佐藤アイ本人尋問の結果により成立の認められる乙第三号証と同本人尋問の結果とを総合すると、訴外株式会社三星不動産が昭和四七年三月二三日、当時本件土地(一)およびその地上の建物の所有者であつた訴外海藤進・同福元千枝から右土地・建物を買い受けたこと、さらに被告佐藤両名が同年五月九日右訴外会社との間で地上の建物を取り毀し更地として引渡を受ける約束で本件土地(一)の売買契約を結んだこと、被告佐藤両名は同年六月二二日右訴外会社から、地上の建物は取毀されていたがその土台および本件汚水槽が残存し、整地されていないままで本件土地(一)の引渡を受けこれを管理していたこと、被告佐藤アイが右引渡時において本件吸取口の存在を確認していること、以上の事実が認められる。右の事実によると、被告佐藤両名は、本件土地(一)上の建物の残存物をも前記訴外会社から引渡を受け占有していたものと推認できる(右の残存物が具体的にいかなるものであるかを占有者が認識している必要はない。)から、右残存物として予想可能な本件汚水槽をも、その引渡を受けて、以後占有していたものと見るべきである。

次に被告田口は、前記のように被告長谷川から本件建物を賃借していたのであるから、右建物についてはこれを直接占有していたことになるが、そのことだけで直ちにその付属設備である本件汚水槽を占有していると断ずることはできない。しかし本件汚水槽の使用費または修理費の負担状況、本件建物と本件汚水槽の位置関係、本件汚水槽周辺の土地の使用状況などから判断して、本件建物に対する居住者としての支配が事実上本件汚水槽にも及んでいると認められる場合には、これを直接占有しているというべきところ、被告長谷川本人尋問の結果によりいずれも成立の認められる丙第三号証の一・二、第四号証、第五号証の一ないし三、検証の結果、右本人尋問の結果と被告田口本人尋問の結果によると、本件汚水槽は本件建物への通路に埋設されているのでその管理は通路の管理と不可分の関係にあること、被告田口は別紙図面記載のとおり被告長谷川の承諾を得て本件土地(二)上に自己の費用で物置および車庫を新築した他右通路に砂利を置いて整備するなどして右土地を占有していたこと、本件土地(一)上の建物に居住者がいた頃には共同で本件汚水槽の汲取費用を負担し、また昭和四一年頃本件吸取口の蓋が毀されたときには右居住者と共同で鋳物製の蓋をとりつけるなどしてこれを管理していたこと、以上の事実が認められるので、被告田口は本件汚水槽を直接占有していたというべきである。

これに対し、被告長谷川は本件事故当時本件土地(二)上に本件建物を所有しその地中に本件汚水槽を被告佐藤両名と共有していたが、右建物は被告田口に賃貸し、同時に本件汚水槽の管理を右に認定したように被告田口に委ねていたのであるから、賃貸人として本件吸取口の蓋を修理すべき法的義務はあつたとしても、事実上の支配は被告田口にあり、被告長谷川は被告田口の右事実上の支配を通じ間接的に本件汚水槽を占有していたに過ぎないというべきである。

四  本件汚水槽の瑕疵について

1  本件汚水槽は前記のように本件建物および本件土地(一)上の建物の共同の付属設備として本件土地(一)、同(二)に跨つて埋設されているものであり、土地に接着して人工的作業を加えることにより成立したものであるから、民法第七一七条の土地の工作物に該当することは明らかである。

2  前記のように本件事故当時、本件吸取口(直径三五センチメートル)にはストーブ台用の鉄製の円板(直径三八センチメートル)で仮蓋がなされ、その上に石あるいはコンクリート塊が重しとして乗せられていたのであるから、汚水槽としての機能そのものの障害となる瑕疵はもちろん、これが通常備えるべき安全設備(本件の場合は落下防止設備)についての瑕疵も存在しないと考えられなくもないが、右に要求される安全設備は、その工作物が設置されている場所および周囲の状況に応じて通常具備すべき程度のものと解すべきであるので、この点から本件汚水槽につき要求される設備のあり方を考えてみるに、まず、本件汚水槽は、蓋を取り除いた状態では、地上に露出した吸取口の穴が直ちに人(その径の寸法からの制約はあるにせよ)の墜落を招きかねない危険物というほかないのであるから、一般にその蓋は十分な強度を備えるとともに吸取穴に吻合して容易に取り除けないようなものであることを要するというべきである。ただ私人の宅地上に存在する以上たとえば公道上のマンホールの穴の蓋などに要求せられるより、低い程度で足りることは当然であるが本件土地(一)が先に判示したように無断で工事用資材置場として使用され、また子供達の侵入を許す場所となつていたのであるから、かかる状況下では、その代用の蓋は、単に穴を蔽うというだけではなく、少なくとも子供のいたずらなどで容易に取り除けないようなものであることが必要であると解すべきである。ところで前記認定のように本件仮蓋は三歳二か月の幼児である洋一により取り除かれたのであるから、石あるいはコンクリートの重しが乗せられていたとしても右の要求を満たすような蓋ではなかつたといわざるを得ず、この点において本件汚水槽の保管に瑕疵があつたと断ずることができる。

そして、洋一の本件汚水槽への転落が右の瑕疵に基因するものであることは明らかである。

五  被告田口の免責の抗弁について

証人箕輪静江の証言と被告田口本人尋問の結果によると、被告田口は昭和四七年九月ごろ本件吸取口の正規の蓋が紛失した際、右吸取口に前記仮蓋をしたうえ、右紛失の責任を負うべき丸善建設に対し二回程正規の蓋を取り付けるよう申し入れていた事実が認められるが、他方右証拠によると、被告田口は本件土地(一)上で子供達が水道管を毀したことを知つておりかつガス管が毀される危険があるとして被告佐藤両名に連絡するなどの措置をとつているのであるから、本件事故の発生した同年一二月九日までの約三か月間他に何らの措置をとることなく落下防止の安全措置として右の程度の仮蓋をしておいたことをもつて損害の発生を防止すべき注意義務を尽したものと認めることはできない。

六  被告らの責任について

1  被告佐藤両名・同田口は、前記の通り本件汚水槽を共同して直接占有していたのであるから、民法第七一七条の占有者として責任がある。

2  被告長谷川は、本件汚水槽を被告田口の直接占有を通じ間接占有していたにすぎない。このような場合、民法第七一七条の第一次的責任は直接占有者がこれを負担し、間接占有者は直接占有者が同条第一項但書の免責事由を具備しているときに限り二次的に責任を負担するに過ぎないと解すべきであり、本件では被告田口に右免責事由がないので、被告長谷川は同条の占有者としては結局責任を負わないことになる。

3  原告らは、被告らが民法第七一七条の占有者としての責任を負わない場合には、被告長谷川には同条の所有者としての責任があると主張しているが、前記のとおり被告田口・同佐藤両名が同条の責任を負う以上、被告長谷川は同条の所有者としての責任を負わないというべきである。

4  前記のように被告長谷川は本件建物を被告田口に賃貸し、自らは本件汚水槽を間接的に管理していたにすぎずまた被告長谷川本人・同田口本人の各尋問の結果によると、右賃貸のときには本件汚水槽に正規の蓋がなされており人の落下する危険もなかつたこと、被告長谷川は、昭和四七年六月頃の本件土地(一)上の建物の取毀し以後本件汚水槽付近が子供の遊び場になつたこと、および同年九月頃の本件吸取口の正規の蓋の紛失につき、被告田口から何の連絡も受けていなかつたため、これを知らなかつたこと、以上の事実が認められる。ところで所有者としては自己が賃貸している建物およびその敷地の状況を常に知つている必要はないというベきであるから、右認定事実のもとでは被告長谷川に本件吸取口に幼児には取り除くことができない程度の蓋をし、または子供がその付近に立入れないような柵を設置すべき注意義務があると断ずることはできず、他に被告長谷川に本件事故につき過失があることを基礎づける事実の主張もないので、同被告は民法第七〇九条の責任を負わないというべきである。

七  損害

1  洋一の逸失利益 金四六四万六一五一円

前示のとおり洋一は本件事故当時満三歳二か月の健康な男子であつたので、右死亡の結果、洋一が得べかりし利益を失つたことによる損害は、次のように認定するのが相当である。

(一)  平均年収額 金一三四万八三〇〇円

昭和四七年度賃金センサス第一巻第二表の産業計・企業規模計・学歴計の全男子労働者の平均年収(計算は別紙計算表1の通り。)

(二)  就労可能年数 満一八歳から同六七歳までの四九年

昭和四八年一一月一日全部改正・同年一二月一日一部改正の自動車損害賠償保障事業損害填補基準による。

(三)  洋一の稼動開始までの期間 一五年

(四)  稼動開始までの生活(養育)費 一か月金一万円

(五)  稼動開始後の生活費 収入の二分の一

(六)  中間利息控除 年毎ライプニツツ係数八・七三九四六五八〇

満一八歳から同六七歳までの四九年間の全所得を三歳時に支払を受けるため六四年の年毎ライプニツツ係数一九・一一九一二三八四から一五年の年毎ライプニツツ係数一〇・三七九六五八〇四を差し引いたもの

(七)  計算 別紙計算表2の通り

2  葬式費用 金二〇万円

原告白土晴子本人尋問の結果によると、原告白土昇は洋一の葬式費用として約金四五万円支出した事実が認められるが、三歳二か月の幼児の葬式費用としては本件事故と相当因果関係にある損害は金二〇万円が相当である。

八  過失相殺

洋一が本件事故当時満三歳二か月の幼児であつたことは前示の通りである。この年齢の幼児は、その行動範囲が自宅近辺等の小範囲から次第に拡張していき、また遊びの方法も往々危険なものになることがあるが、他方自己の年齢・身体等に対する危険の察知能力および危険回避能力は全く不充分な状態で、いわゆる一時も目を離せない年頃である。従つて監護者は、幼児が自動車の通行する道路その他危険な場所へ赴くおそれのある場合には、その行動を監視して幼児が危険に遭遇することを防止する義務がある他、平常から幼児の遊び場所の範囲とその安全性を確認しておくと共に、幼児を常に目の届く限られた範囲内で遊ばせ、また長時間放置しないように注意すべき義務があるというべきである。

ところで、成立に争いのない甲第九号証ならびに原告白土晴子本人尋問および検証の各結果によると、原告ら家族(原告両名と洋一の三名)は、昭和四六年一〇月一一日、国立市中二丁目一八番三六号所在の住宅に転居して当時居住していたこと、および右住宅と本件土地とは、直線距離にすれば一〇〇メートル余りの近距離にあることが、甲第一一号証によると、洋一が本件事故以前にも本件汚水槽付近で遊んでいたことが、さらに原告白土晴子本人尋問の結果によると、洋一が大賀誠一方(甲第一七号証によると本件事故現場から原告らの住居へ向つて二軒目にあることが認められる。)付近すなわち別紙図面道路と表示の部分でしばしば遊んでいたこと、および昭和四七年一〇月頃原告白土晴子が洋一を連れて散歩している際、洋一がどんぐりを拾いに本件土地(一)に入つたことがあることが、それぞれ認められる(なお原告白土晴子は洋一がどんぐりを拾いに本件土地(一)へ入つた際、本件吸取口に蓋がなかつたと供述しているが、必ずしも心証を惹かない。仮に右供述通りだとすれば、原告白土晴子は本件吸取口が非常に危険な状態にあることを知つていたのであるから、ますます過失が大きいことになる。)。ところで、本件土地(一)には本件建物と同じ規模の建物があり、それが昭和四七年六月二二日頃取り毀され、跡地が整地されていなかつたためその後子供の危険な遊び場となつていたことは前示のとおりなのであるが、原告白土晴子本人は、本件土地(一)上に建物があつたことも、跡地が整地されていなかつたことも知らなかつた旨供述している。以上の事実からすると、原告白土晴子は日頃から洋一の遊び場所の範囲とその状況にそれ程注意を払つていなかつたものと推認せざるを得ない。そして甲第九号証と原告白土晴子本人尋問の結果とによると、原告白土晴子は本件事故当日、洋一が午前九時頃三輪車に乗り一人で外出することを認め、さらに洋一が一〇時頃訴外横倉典と一緒に一旦帰宅したがまたすぐ二人で外出した時もこれを認めたこと、その間原告白土晴子は自宅で家事をしていたが、洋一がどこでどのような遊びをしているか確認せず、一〇時三〇分頃になつて一度は洋一を捜しに出かけたものの、自宅から約一〇〇メートル離れた大賀誠一方前に洋一の三輪車が放置されているのを見て洋一が大賀方で一歳にならない幼児と遊んでいるものと軽信し、確かめることなく帰宅したこと、そして昼食前の午前一一時三〇分頃になつて再び洋一を捜しに出かけ初めて本件汚水槽の蓋がないのを発見したこと、以上の事実が認められる。右に認定した原告白土晴子の日常的な注意の欠如および本件事故当日の長時間の放置は明らかに監護者としての前記注意義務に反するものであつて、これが本件事故発生の重大な一要因となつたことを否定することはできない。

他方、本件吸取口には事故当時瑕疵はあつたものの、石あるいはコンクリート塊を重しとして乗せた仮蓋がしてあり、被害者洋一は他人の私有地内の本件汚水槽付近に立入つたうえ、自ら前記仮蓋を取り除き、右吸取口付近で遊んでいた際本件汚水槽内へ転落したものと認められること前判示のとおりであるから、加害者側における本件汚水槽の瑕疵と被害者側における監護者の過失および被害者自身の行為が本件事故発生に与えた原因力の程度を比較考察して過失相殺による損害の分担を定めると、被告らの二に対し原告らを八とするのが相当である。

九  原告らの相続

原告白土昇が洋一の父であり、同白土晴子が母であることは当事者間に争いがない。よつて原告らは洋一の損害賠償請求権を法定相続分に応じ各二分の一ずつ相続したことになる。

一〇  原告らの慰藉料 各金四〇万円

諸般の事情(前示過失相殺の点を含む。)を考慮して原告らの慰藉料は各金四〇万円とするのが相当である。

一一  弁護士費用

原告らが本訴において弁護士に訴訟行為を委任したことは訴訟上明らかであるが、諸般の事情を考慮して本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は、原告各自金一〇万円が相当である。

一二  原告らの請求できる額

1  原告白土昇 合計金一〇〇万四六一五円

(一)  第七節1の金額に過失相殺割合一〇分の二、法定相続分二分の一を各乗じた金四六万四六一五円

(二)  第七節2の金額に過失相殺割合一〇分の二を乗じた金四万円

(三)  第一〇節の金四〇万円

(四)  第一一節の金一〇万円

2  原告白土晴子 合計金九六万四六一五円

(一)  第七節1の金額に過失相殺割合一〇分の二、法定相続分二分の一を各乗じた金四六万四六一五円

(二)  第一〇節の金四〇万円

(三)  第一一節の金一〇万円

一三  結論

よつて原告らの請求は、被告佐藤両名・同田口に対し、連帯して前節記載の各金員とそのうち同節1(四)および2(三)記載の金員を除いた残余の金員につき本件事故発生の日の翌日である昭和四七年一二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払をなすことを求める限度で理由があるからこれを認容し、右被告らに対するその余の請求および被告長谷川に対する請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条第一項、第九二条、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 並木茂 岡久幸治)

別紙 計算表(単位円)

1 8万8300×12+28万8700 = 134万8300

2 134万8300×1/2×8.73946580-1万0000×12×10.37965804 = 464万6151(円未満切下)

別紙 図面<省略>

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